愛は瞳から生まれ、胸に落つる。
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ジャンプもひたすら読んでて感想いいたいこともいっぱいあるんですが映画がたまってるので感想つづき。
もう少しで10月…10月…じわじわと迫る再開…ウッ(胸がいっぱい)
公開中の作品も含むのでネタバレに注意。括弧内は視聴した日。
「おおかみこどもの雨と雪」(8月22日)
「ポケモン キュレムvs聖剣士ケルディオ」(8月22日)
「アベンジャーズ」(8月29日)
「サイレントヒル」(9月17~18日)
「セブン」(9月6日)
「ナインスゲート」(9月13日)
「インドリームス 殺意の森」(9月18日)
「毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレート」(9月16日)
「トロピック・サンダー 史上最低の作戦」(9月8日)
あれ…なんか、すごい量だな。
観た順番通りじゃないし、箇条書き感想です。
ついったで感想吐き出してるのもあるのでついろぐにハッシュタグつきでまとまってるのもあります。ので、短く短く。出来るだけ所感のみで。
あと作品タイトルの後ろの年号は映画の公開年月日です。
「おおかみこどもの雨と雪」(2012年7月21日)
・穏やかな映画でした。とても13年間なんて月日が経ったなんて思えないような。
・花かあさんのタフネスっぷりが、ああ母は強しなんだなぁと。
・雨がどんどんお父さんに似てくるので、いとおしいながら、胸が苦しくもありました。
・雪がもし女の子ではなく、身なりを気にしたり、虫や骨を宝物として取っておくのが変わっていると気付かされることがなかったら、彼女もまた狼と人間のどちらを選んだのかはわからない、と思いました。彼女は誰かを傷付けるまで、「人間」でいようとしたというよりも、ただ「女の子」であろうとしただけに見えたので。
・一緒に見に行ったやつが、「雨ぇぇ行くなぁぁって後半は叫びっぱなしだった、心の中で」といっていて、そうも思いましたが、同時に「行ってしまえ、行ってしまえよ雨」とも思いました。それが雨の道ならば。
・あとCGに違和感がなかったのがすごい。
・優しい映画でした。
「ポケモン キュレムvs聖剣士ケルディオ」(2012年7月14日)
・サトシデントアイリス以外の人間がほぼ一切出てこない作品。珍しい…前に見に行ったビクティニが街のひといっぱい出てくるから、余計にギャップを感じて。そしてロケット団が台詞なしでちらっとしか出てこないというのもあまりに珍しい気がして。
・なんというか、正統派でした。ケルディオくんの挫折と成長。小気味良かったです。
・聖騎士の三匹の声におおっといったりええっと思ったり忙しかった笑
・劇場配布でもらってきたメロエッタちゃんはやっとこさレベル70になりました。もうちょい育てる。
・ポケモン映画の醍醐味は、一緒に見に行ったひとと感想を語り合いつつDSもしくDSライトもしく3DSで交流したり、ふしぎなおくりもので受け取った配布ポケの育成論を交わしたりすることでもあると思うのですが、どうか。
・うちのこは結局「いにしえのうた/とんぼがえり/サイコキネシス/インファイト」という内訳にすることにしました。インファイトを覚えるレベルまで育てるる
・それとキュレムさんはツンデレでした。ツンしてるか?ってくらいだったかも。
「アベンジャーズ」(2012年 米:5月4日/日:8月14日)
これ未だにああでもないこうでもないってぶつぶついってるので、DVDが発売orレンタルされるまでうんうんいってそうです。マイティソーとキャプテンアメリカ、ハルク、未見。準新作だから…旧作になるまで待ってもいいかと思ってる。
2の製作決定しててうれしい限り。2015年か…
よっぽど長くなるので記事分けますね。
「サイレントヒル」(2006年 米:4月21日/日:7月8日)
・勧められたので観てみました。原作ゲームは知らない。超ガクブルしつつハッシュタグつけてついったで実況したので、ついろぐ見ればだいたいわかるようになっております。
・映画は原作の1と2の世界観が入り混じってるそうで、具体的にどれが1で2で、とかはいえないみたいなんですが、観てると「ああ準拠してる何かがあるんだな」と思わせられました。どこで道具を拾うとか失くすとか、イベントが起こるんだなとか、これが脱出条件かとか、ぼんやり察せられたので。
・むちゃくちゃびくついて観てたわたしですら、後半はもう、こわくはなかったです。ただ何だか悲しかった。
・灰が雪のように舞い落ちてくる世界は退廃的ながらも非常に美しく見えました。
・薄皮一枚めくった並行世界であるところは行ったきりで、もう奥さんもシャロンちゃんも戻ってはこれないんだけど、それでも旦那さんがおぼろげに存在を感じるところに、ああ世界とは重なり合っているのだなと思いました。
「セブン」(米:1995年9月22日/日:1996年1月27日)
・七つの大罪がテーマだよ!って聞いてたので借りてみました。モーガン・フリーマンとブラピというビッグネームが主演で驚いた。
・監督が前記事の「ゾディアック」と同じひとなんですが、個人的には「ゾディアック」のほうが怖かったです。犯行シーンが描かれてたからだと思う。かなりキました、ゾディアック。セブンは犯行シーンはなくて、犯行現場に留まったので(視点が主人公の刑事二人だから)、びびらず落ちついて観れました。
・これはハッシュタグでまとめてないかな。ちょっとここに覚書き兼ねてまとめます。
9月6日
だいたい所感はこんなもんなんですが。
・正直、モーガンフリーマンが犯人かと思いました最初。最初の死体をみただけであそこまで察せられるかフツー、とか退職する刑事って人生の張り合いを失くすに等しいんだからちょっ、とか、思ってました。うん、邪推して悪かった。
・ブラピ刑事がモーガン刑事に
「あんたは俺に『そうだな、この街は、世界は、くそったれだ』っていってほしがってる。でも俺はそんなこといわない。たとえそうだからって、田舎に引っ込んで見て見ぬふりして魚釣りでもしてろってのか?そんなのは何の解決にもならない」
みたいなことをいうんですが、それはもっともで、老刑事が答えて
「お前こそわかってないわけじゃあるまい。そんなに青臭いわけでも馬鹿でもないだろう」
っていうのももっともで、そんな二人の遣り取りが、最後に若者が絶望することで決着するだなんて、そんなのはあんまりだと、遣る瀬ないと、思いました。
老刑事だって彼を絶望させたいわけじゃなかっただろうに。そんな形の肯定がほしかったわけじゃあなかったろうに。
・最後の二つの死体と罪は、衝撃的ながらも非常に納得のゆくものでした。こればかりは見事。
まったく個人的な感想ながら、ジョン・ドゥが名無しの男として七つの大罪という天の裁きを持ち出すのなら、ブラピ刑事は人の裁きを持ちだすしかなかったんじゃないかなと思いました。人の裁き、即ちしかるべき方法でジョン・ドゥを司直の手に渡し、裁判をして服役させる。でも、あの瞬間にそんなことをとても選べなかっただろうというのもわかる。
「ナインスゲート」(米1999年8月25日/日:2000年6月3日)
・古書の探偵だよ!ゴシックだよ!米仏西合作だよ!ときいて借りてきたもの。主演がジョニデでびっくりした。
・話の筋は覚えてませんでしたが後半の展開はかなり見覚えがあった…あれそんな古…12年前か…
・コメンタリーの監督の声が非常に聞きとり易かったです。
・宗教というか、「キリスト教は神秘!」みたいなものを未だに求めてるんだろうか、とお門違いながらも思う面がありました。
・グリーンアイズちゃん(暫定)の瞳のうつくしさよ。
・ジョニデは安定感があるなぁ。この古書肆はいけ好かないタイプの男なのに、ジョニデが演ると魅力的。これは俳優の力ですね…
ジョニデ映画はチャリチョコとこれとカリビアン一作目くらいしか観てないと思うんですが、彼が出てる映画はどれもこれも「俺の考えた最強にかっこかわいいジョニデ」になってる気がしてます。なんなの監督やスタッフのジョニデ推しは。すごくおいしいけども。ナインスゲートはそれでもキャクターじゃなくストーリー先行だけど、役の魅力はジョニデに凝縮されてると思うよ…
ここからRDJ出演作品!
「インドリームス 殺意の森」(1999年)
これもハッシュタグつけてついろぐにまとまってる、かな。
とりあえずRDJがシリアルキラーです。非常にメスです(この言い方はいろいろな誤解を招く)
こう…殺人鬼のビビアンちゃんという役なんですが、赤毛でね、しかもしばっておくほどの長髪でね。似合ってました。しゃべりはいつものRDJのぼそぼそと低めでさらっとしてるのに深みのあるエエ声なんですが。首の傾げかたとか、ちょっとした声のトーンとか、仕草がいちいちこう、女のいやらしさみたいなのが滲み出てるんですね。
これ…どういう…?って何度も思った。
・作品全体として。
平和な三人家族。おとうさんはパイロット!でも奥さんは夢で昔からなにかを見るの…の娘がシリアルキラーに連れ去られて湖に沈めて殺されるというのが序盤です。おい鬱いな。
衝撃で自殺をはかった奥さん。奥さんが目覚めると彼女は殺人犯の意識とつながっている夢で昼となく夜となく苛まれる。ノイローゼと判断される。入院をすすめられる。それも精神病棟に。鬱いな。
そうこうしてるうちに旦那さんも殺される。おいおい。
なんとか後半に病院から抜け出して、ビビアンちゃんと対峙する。
そしてビビアンちゃんに殺されかけながら、誘拐された子どもを逃がし、溺死みたいな。
なんかこうRDJ目当てで見始めてスミマセンって気になりました。奥さんが気の毒で。
ホラーじゃなくてサスペンスな分類ですが、ぜんぜん怖くなくて安心した。犯人がね、怖くなかったので。RDJだと思うと怖くないってのと、ビビアンちゃんはマジキチですが、微妙なバランス感覚のあるマジキチなので理解不能じゃない感じが理由だと思う。
生足出して男ひっかけてキスまでなら許して最後にはころしちゃうビビアンちゃんは、病院脱走後からクレアさんに会うまでどうやって生きてきたのか。りんごジュースの工場には、勝手に住みついたのかそこの主をころころしちゃったのか…
男引っかけて搾り取って来た気しかしなくてこわい。ビビアンちゃん、ぜったい男娼まがいのことしてたろ…?
RDJ三十代のはずなのでビビアンちゃんも三十代のオサーンですが、肌がきれいで目がおっきくて唇が赤いので、ああもう、服装が野暮ったいズボンにシャツでも、なんかメスでした。女じゃなくて。生物的な、装おうとしてないメス。
いやビビアンちゃんのメスっぽさはたぶん生きる手段としてのあれなので装ってないわけじゃないと思うけど。オカマさんじゃないんですよ、男の人なんですよ。でもメスなん。情操が子どもすぎるのかもしれない。
変質的な感想しか出てこないので次の映画いきますね。
「毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレート」(2006年)
・きれいな映画でした。色が特に。
全体の色調もそうだし、主演二人の目の色も印象的だし、なんていうのか、全体のトーンが落ちついてるのに深みがあって。
・これハッシュタグつけてないからここで所感まとめ。
・ディアンの異形を愛する感性があやうくて、ニコールキッドマンがふつくしくて、目の保養にしかならない。
あんなきれいなディアンが、死や禁忌や異形や、忌避すべきものばかりに惹かれるのは、彼女のこころも異形を飼っているからなんだろうなと。
・写真家と被写体、っていうテーマも非常によかった。撮られるほうは撮影者に自分をさらけ出し、撮影者はそのためにまず自分をさらけ出す。『善悪の彼岸』、「君が怪物をのぞきこむとき怪物もまた君をのぞきこむのだ」、そういう。写真家夫婦の「あなたの今日の秘密は?」「ではまず君から」は夫婦としてのコミュニケーション・戯れの他に、そういう写真家としての心得みたいな部分を感じました。
それはディアンが最後にヌーディスト村で「あなたの秘密を教えて?」ってひとりの女性に語りかけ、「わたしの?」「じゃあまずわたしからいうわね」というシーンにつながる。
秘密=自分自身をさらけ出す、という遣り取りは、ライオネルさんとディアンはずっと交互にやってたな、と思いました。ライオネルさんが長い毛を剃り落とすのを彼女に頼み、そうして自分をさらけ出したから、ディアンもああして彼に応じたのかなと。
・この映画R18指定でドラマの中のエロスの棚に入ってたんだけど…フリークスとか見世物小屋とかヌーディスト村がモザイクなしで出てくるからだよね!えろ描写たいしたことなかったもんね!
ベッドシーンに至るまでの背徳感が半端なかったです。見かけは異形のライオネルさんのびっくりするくらいの紳士っぷりと彼の孤独、ディアンの気丈さとあやうさのバランスと彼女の家庭の揺らぎ、そういうのが。あと二人の互いを見る目の優しさと愛おしげな感じがたまらず。
落ちついたトーンのストーリーなのに何だか逃げ出したくてたまらなかった…
・青
ライオネルさんが「一番好きな場所は海」といい、彼の部屋には水をたたえたプールがあり、寝室の壁紙は青く、ディアンの瞳は色を変える青で、すべてが最後の海へとつながる。
・ライオネルさんは彼が飼ってるうさぎみたいに毛に覆われてるので、目と仕草とことばで彼を察するしかないんですが、目だけでも雄弁で、仕草だけでも要所要所でああRDJだなぁと思いました。すごく雄弁。
ディアンのあおい瞳の目力も半端なかったなぁ。ニコールキッドマンふつくしす。
・RDJって、はきはきじゃなくてぼそぼそ系で、高らかに抑揚付けてってより抑え目に低めにしゃべってることが多いと思うんですが、言い淀まないですらすらしゃべるのでなんかこう…すごく、理性的?な感じがしてます。
前述のビビアンちゃんも、小首傾げたりお茶目な語尾の上げかたしたりするのに、マジキチの怖さを醸してるのはそこじゃなくて妙に理性的な喋り方だとおもふ。
金曜ロードショーのホームズでRDJを知ったので、吹替え声のイメージは藤/原/啓/治さんです。あの軽さとダメオッサン臭は安心する。なのにかっこつけようと思ったらしっかりキメられるあたりずるい。飄々とした愛嬌ずるい。
そのイメージ先行で来たんですが、DVD借りてRDJの声をきいてみると、ずっと「大人」でした。成熟した大人の男。
ずるい。
つまり、ライオネルさんはマイノリティで異形側だというのにあの安定感と安心感、あれは彼の理知から来てるのかななんて。
最後は悲しくも明るい。いい映画でした。
「トロピック・サンダー 史上最低の作戦」(2008年 米:8月13日/日:11月22日)
・見事なバカ映画でした!たのしい。しかし下ネタとかブラックユーモア満載や。
・ジャック・ブラックきいたことあるなと思ったらカンフーパンダのひとか。
・劇中劇です。例えば、劇中劇の軍人:オサイラス軍曹=その軍人を演じてる役者:カーク・ラザラス=RDJ。ややっこい笑
しかも、カークはオーストラリア出身の役者で、オサイラスは黒人の役で、っていう複雑さ。
いや白人が黒人役やらんでもええろ。とか、役作りで皮膚移植して黒人になるとかまさに意味不明のこだわり。だとか、ツッコミどころしかない感じがまたバカらしくておかしい。
軍曹のときはステレオタイプの「黒人をよく知らない白人が想像する黒人」として振る舞い、カーク時にはオーストラリア訛りの英語をしゃべったり、RDJが忙しい忙しい!しかも顔隠して現地人に化けてでたらめな現地語をしゃべったりもするから、おかしくってもう。
終盤、RDJがオサイラス軍曹という役を捨ててカーク・ラザラスに「戻る」ときは圧巻。コメンタリで他の役者にも「ここはすごい。あの役からこの人物に変わるんだぜ」「“おまえらには出来まい”といわんばかりだ」「馬鹿いえ、演技のレベルが違う」とまでいわれてたので、感嘆の思いしかない。ほんとに演技派だわ…RDJ…
メソッド俳優である自分自身をパロディにしてるカークという役の、役者としてのエゴイスティックな部分と繊細さが見物。
ところで役名確認しようとwikiみたらカークの人物紹介が「オスカーを5度も受賞している演技派のスーパー役者バカ」だったのでワラタ。
いわなくてもこの映画はみんなバカ笑
RDJだけこんな入れ子構造みたいな役ですが、他の役者陣はわりと早く劇中劇の役を捨ててるので、かなり気楽にみました。
劇中劇の軍人=落ち目のアクションスター:タグ・スピードマン=ベン・スティーラー、もかなり入れ子構造。
このスティラー氏が原案、脚本、監督、主演です。この人はかなり複雑っていうか、ただでさえあれこれこなしてる上に、タグ・スピードマンが劇中で知的障害のある「ジャック」を演じるので、めんどくさいどころの騒ぎじゃないんですが、わざとそれらを混線させてる感じが何だかおかしかったです。
メソッド役者であることをパロディしてるRDJのみならず、売れてる役者なのに劇中ではみんな落ち目だったりスキャンダル抱えてたり役者としての転換期で悩んでたりするので、そこもおもしろい。
そしておっどろいたのがトム・クルーズです。おまっ?トムクルーズ??え??ってなることうけあい。
だってハゲで中年太りで腕どぶっとくて金の亡者で冷血で横暴なスポンサー役なんですよ。おまい誰だ。
初見で気付きませんでした。エンドクレジットで名前が出て、は!?ってなった。
意味不明なダンスを踊るトム・クルーズだけでも観る価値あるんじゃないかってくらい笑える。
あと、映画が始まる前から番宣ってかたちで始まっていて、ウソ劇場予告がわんさとあるんですが、それがもうおかしくってしょうがない。
タグ・スピードマン主演のアクション大作。調子こいて6まで作って段々落ち目。とか笑
作り過ぎだろ!スピードでもダイハードでも流石に6までは作ってないわ!
カーク・ラザラス扮するオマリー神父がトビー・マクガイヤと僧侶の禁断の愛を描く「悪魔の小路」とか、笑う通り越して唖然としました。え、ちょ…よりによってトビー・マクガイヤ…役者陣のコメンタリで「スパイダーマンとアイアンマンの裏の顔だ!」「男に数珠をいじってもらったっていいだろ?」「撮影中にトビーとヤろうとしたが彼は新婚でその気がなかった笑」とかって笑ってたので、もうこれはどうしてそのキャスティングにしたし!GJ!としか!
脱線しますが僧侶の禁断の関係とかだったら「薔薇の名前」がオススメです。原作は記号学の大家、ウンベルト・エーコ。この作品は金字塔です。
映画はかなり前の記憶で印象がちらっとしか残ってないから、オススメする前にわたしも見直す必要があるけど。
いや「薔薇の名前」はあれです、実際に禁断の関係とかホモとかが主眼じゃないんです、ないんですけど、「悪魔の小路」みたいなテイストが耐えられるんだったらいけるんじゃないかなって。
オマリー神父を直視出来ませんでした。
みんなに軽んじられてるケヴィン・サンダスキーが作中で「サンダスキー」と名前を覚えてもらえずあれこれ変な名で呼ばれてるのも聞きこむとおかしい。しかしそのサンダスキーこそが最もまともかつ、演技のために軍の訓練キャンプに参加してたりして、実は有能でやる気もある。地図読めるし。そしてタグとカークの役者バカ過ぎて変に繊細っぷりを「あんたらメンタル脆弱過ぎない?」と呆れたり、実にいい性格してる笑 なんというか…作中随一の攻め様を探すならサンダスキーだね…
あとこの作品は戦争映画なのに基本的に死者出ないんですが、監督があぼんしたのは振り返ってみてもうおおと思う。あれ監督しんでるんだぜ。
特に最初と最後で爆薬をばんばんつかって林を焼きはらったりセットの村をふっ飛ばしたり橋を爆破したりするのが、バカらしいくらい大味でハリウッド的で、これがやりたかったんじゃ!という感じでした。たのしそうやね。
結構観てますね!感想が長い長い。
もうちょいこまめに来たいところ。こないだバットマンビギンズ、バットマンダークナイト、シャギードッグとまたいくつか観たので、その感想もそのうち。
もう少しで10月…10月…じわじわと迫る再開…ウッ(胸がいっぱい)
公開中の作品も含むのでネタバレに注意。括弧内は視聴した日。
「おおかみこどもの雨と雪」(8月22日)
「ポケモン キュレムvs聖剣士ケルディオ」(8月22日)
「アベンジャーズ」(8月29日)
「サイレントヒル」(9月17~18日)
「セブン」(9月6日)
「ナインスゲート」(9月13日)
「インドリームス 殺意の森」(9月18日)
「毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレート」(9月16日)
「トロピック・サンダー 史上最低の作戦」(9月8日)
あれ…なんか、すごい量だな。
観た順番通りじゃないし、箇条書き感想です。
ついったで感想吐き出してるのもあるのでついろぐにハッシュタグつきでまとまってるのもあります。ので、短く短く。出来るだけ所感のみで。
あと作品タイトルの後ろの年号は映画の公開年月日です。
「おおかみこどもの雨と雪」(2012年7月21日)
・穏やかな映画でした。とても13年間なんて月日が経ったなんて思えないような。
・花かあさんのタフネスっぷりが、ああ母は強しなんだなぁと。
・雨がどんどんお父さんに似てくるので、いとおしいながら、胸が苦しくもありました。
・雪がもし女の子ではなく、身なりを気にしたり、虫や骨を宝物として取っておくのが変わっていると気付かされることがなかったら、彼女もまた狼と人間のどちらを選んだのかはわからない、と思いました。彼女は誰かを傷付けるまで、「人間」でいようとしたというよりも、ただ「女の子」であろうとしただけに見えたので。
・一緒に見に行ったやつが、「雨ぇぇ行くなぁぁって後半は叫びっぱなしだった、心の中で」といっていて、そうも思いましたが、同時に「行ってしまえ、行ってしまえよ雨」とも思いました。それが雨の道ならば。
・あとCGに違和感がなかったのがすごい。
・優しい映画でした。
「ポケモン キュレムvs聖剣士ケルディオ」(2012年7月14日)
・サトシデントアイリス以外の人間がほぼ一切出てこない作品。珍しい…前に見に行ったビクティニが街のひといっぱい出てくるから、余計にギャップを感じて。そしてロケット団が台詞なしでちらっとしか出てこないというのもあまりに珍しい気がして。
・なんというか、正統派でした。ケルディオくんの挫折と成長。小気味良かったです。
・聖騎士の三匹の声におおっといったりええっと思ったり忙しかった笑
・劇場配布でもらってきたメロエッタちゃんはやっとこさレベル70になりました。もうちょい育てる。
・ポケモン映画の醍醐味は、一緒に見に行ったひとと感想を語り合いつつDSもしくDSライトもしく3DSで交流したり、ふしぎなおくりもので受け取った配布ポケの育成論を交わしたりすることでもあると思うのですが、どうか。
・うちのこは結局「いにしえのうた/とんぼがえり/サイコキネシス/インファイト」という内訳にすることにしました。インファイトを覚えるレベルまで育てるる
・それとキュレムさんはツンデレでした。ツンしてるか?ってくらいだったかも。
「アベンジャーズ」(2012年 米:5月4日/日:8月14日)
これ未だにああでもないこうでもないってぶつぶついってるので、DVDが発売orレンタルされるまでうんうんいってそうです。マイティソーとキャプテンアメリカ、ハルク、未見。準新作だから…旧作になるまで待ってもいいかと思ってる。
2の製作決定しててうれしい限り。2015年か…
よっぽど長くなるので記事分けますね。
「サイレントヒル」(2006年 米:4月21日/日:7月8日)
・勧められたので観てみました。原作ゲームは知らない。超ガクブルしつつハッシュタグつけてついったで実況したので、ついろぐ見ればだいたいわかるようになっております。
・映画は原作の1と2の世界観が入り混じってるそうで、具体的にどれが1で2で、とかはいえないみたいなんですが、観てると「ああ準拠してる何かがあるんだな」と思わせられました。どこで道具を拾うとか失くすとか、イベントが起こるんだなとか、これが脱出条件かとか、ぼんやり察せられたので。
・むちゃくちゃびくついて観てたわたしですら、後半はもう、こわくはなかったです。ただ何だか悲しかった。
・灰が雪のように舞い落ちてくる世界は退廃的ながらも非常に美しく見えました。
・薄皮一枚めくった並行世界であるところは行ったきりで、もう奥さんもシャロンちゃんも戻ってはこれないんだけど、それでも旦那さんがおぼろげに存在を感じるところに、ああ世界とは重なり合っているのだなと思いました。
「セブン」(米:1995年9月22日/日:1996年1月27日)
・七つの大罪がテーマだよ!って聞いてたので借りてみました。モーガン・フリーマンとブラピというビッグネームが主演で驚いた。
・監督が前記事の「ゾディアック」と同じひとなんですが、個人的には「ゾディアック」のほうが怖かったです。犯行シーンが描かれてたからだと思う。かなりキました、ゾディアック。セブンは犯行シーンはなくて、犯行現場に留まったので(視点が主人公の刑事二人だから)、びびらず落ちついて観れました。
・これはハッシュタグでまとめてないかな。ちょっとここに覚書き兼ねてまとめます。
9月6日
「セブン」観た。ブラピとモーガン・フリーマン。いくつか気になることがある。posted at 07:04:55
一、一年かけて被害者を監禁して薬漬けにして尿道に管まで通すジョン・ドゥ(名無し)が、被害者候補を五人までしか用意してなかったのはなんでだ。明らかに“憤怒”と“嫉妬”はブラピ刑事ありきだろう。posted at 07:11:43
どんなに計画的だろうとブラピが越してきた七日前までは遡れない。偏執的なまでの拘りを考慮すると事前に段取りを完璧に組んでから進めるタイプ、だから被害者はあらかじめ調べ上げられて選ばれてた、なのに実行四日目で現れた刑事を計画に組み込もうとするか否か。posted at 07:18:57
二、ジョン・ドゥ出頭直前にブラピ刑事にあった「奥さんからの電話」は、奥さんからの妊娠を告げるものか、実はジョン・ドゥからなのか。前者か。posted at 07:21:53
三、ジョン・ドゥとは何者だったのか。これは別に明らかにならなくてもいいか。posted at 07:23:32
ジョン・ドゥが、というかこの映画が衝撃的なのは最後の二つの死体故なんだけど、それが計画的には見えないから疑問なんだ。四つ目までは周到なのに。posted at 07:31:13
アンバランスだけどそのくらいの飛躍だってあるよだってジョン・ドゥだもん、で片付けてもいいのかもしれない。posted at 07:32:25
あとモーガン・フリーマン(世界や人生をある程度諦めた老いた男)が主眼かと思ったらブラピ(諦めたりなんかしない若造)だったのでますます救われんなと思った。若者は絶望し老兵は死なずただ去るのみ何処かに。posted at 07:38:00
だいたい所感はこんなもんなんですが。
・正直、モーガンフリーマンが犯人かと思いました最初。最初の死体をみただけであそこまで察せられるかフツー、とか退職する刑事って人生の張り合いを失くすに等しいんだからちょっ、とか、思ってました。うん、邪推して悪かった。
・ブラピ刑事がモーガン刑事に
「あんたは俺に『そうだな、この街は、世界は、くそったれだ』っていってほしがってる。でも俺はそんなこといわない。たとえそうだからって、田舎に引っ込んで見て見ぬふりして魚釣りでもしてろってのか?そんなのは何の解決にもならない」
みたいなことをいうんですが、それはもっともで、老刑事が答えて
「お前こそわかってないわけじゃあるまい。そんなに青臭いわけでも馬鹿でもないだろう」
っていうのももっともで、そんな二人の遣り取りが、最後に若者が絶望することで決着するだなんて、そんなのはあんまりだと、遣る瀬ないと、思いました。
老刑事だって彼を絶望させたいわけじゃなかっただろうに。そんな形の肯定がほしかったわけじゃあなかったろうに。
・最後の二つの死体と罪は、衝撃的ながらも非常に納得のゆくものでした。こればかりは見事。
まったく個人的な感想ながら、ジョン・ドゥが名無しの男として七つの大罪という天の裁きを持ち出すのなら、ブラピ刑事は人の裁きを持ちだすしかなかったんじゃないかなと思いました。人の裁き、即ちしかるべき方法でジョン・ドゥを司直の手に渡し、裁判をして服役させる。でも、あの瞬間にそんなことをとても選べなかっただろうというのもわかる。
「ナインスゲート」(米1999年8月25日/日:2000年6月3日)
・古書の探偵だよ!ゴシックだよ!米仏西合作だよ!ときいて借りてきたもの。主演がジョニデでびっくりした。
・話の筋は覚えてませんでしたが後半の展開はかなり見覚えがあった…あれそんな古…12年前か…
・コメンタリーの監督の声が非常に聞きとり易かったです。
・宗教というか、「キリスト教は神秘!」みたいなものを未だに求めてるんだろうか、とお門違いながらも思う面がありました。
・グリーンアイズちゃん(暫定)の瞳のうつくしさよ。
・ジョニデは安定感があるなぁ。この古書肆はいけ好かないタイプの男なのに、ジョニデが演ると魅力的。これは俳優の力ですね…
ジョニデ映画はチャリチョコとこれとカリビアン一作目くらいしか観てないと思うんですが、彼が出てる映画はどれもこれも「俺の考えた最強にかっこかわいいジョニデ」になってる気がしてます。なんなの監督やスタッフのジョニデ推しは。すごくおいしいけども。ナインスゲートはそれでもキャクターじゃなくストーリー先行だけど、役の魅力はジョニデに凝縮されてると思うよ…
ここからRDJ出演作品!
「インドリームス 殺意の森」(1999年)
これもハッシュタグつけてついろぐにまとまってる、かな。
とりあえずRDJがシリアルキラーです。非常にメスです(この言い方はいろいろな誤解を招く)
こう…殺人鬼のビビアンちゃんという役なんですが、赤毛でね、しかもしばっておくほどの長髪でね。似合ってました。しゃべりはいつものRDJのぼそぼそと低めでさらっとしてるのに深みのあるエエ声なんですが。首の傾げかたとか、ちょっとした声のトーンとか、仕草がいちいちこう、女のいやらしさみたいなのが滲み出てるんですね。
これ…どういう…?って何度も思った。
・作品全体として。
平和な三人家族。おとうさんはパイロット!でも奥さんは夢で昔からなにかを見るの…の娘がシリアルキラーに連れ去られて湖に沈めて殺されるというのが序盤です。おい鬱いな。
衝撃で自殺をはかった奥さん。奥さんが目覚めると彼女は殺人犯の意識とつながっている夢で昼となく夜となく苛まれる。ノイローゼと判断される。入院をすすめられる。それも精神病棟に。鬱いな。
そうこうしてるうちに旦那さんも殺される。おいおい。
なんとか後半に病院から抜け出して、ビビアンちゃんと対峙する。
そしてビビアンちゃんに殺されかけながら、誘拐された子どもを逃がし、溺死みたいな。
なんかこうRDJ目当てで見始めてスミマセンって気になりました。奥さんが気の毒で。
ホラーじゃなくてサスペンスな分類ですが、ぜんぜん怖くなくて安心した。犯人がね、怖くなかったので。RDJだと思うと怖くないってのと、ビビアンちゃんはマジキチですが、微妙なバランス感覚のあるマジキチなので理解不能じゃない感じが理由だと思う。
生足出して男ひっかけてキスまでなら許して最後にはころしちゃうビビアンちゃんは、病院脱走後からクレアさんに会うまでどうやって生きてきたのか。りんごジュースの工場には、勝手に住みついたのかそこの主をころころしちゃったのか…
男引っかけて搾り取って来た気しかしなくてこわい。ビビアンちゃん、ぜったい男娼まがいのことしてたろ…?
RDJ三十代のはずなのでビビアンちゃんも三十代のオサーンですが、肌がきれいで目がおっきくて唇が赤いので、ああもう、服装が野暮ったいズボンにシャツでも、なんかメスでした。女じゃなくて。生物的な、装おうとしてないメス。
いやビビアンちゃんのメスっぽさはたぶん生きる手段としてのあれなので装ってないわけじゃないと思うけど。オカマさんじゃないんですよ、男の人なんですよ。でもメスなん。情操が子どもすぎるのかもしれない。
変質的な感想しか出てこないので次の映画いきますね。
「毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレート」(2006年)
・きれいな映画でした。色が特に。
全体の色調もそうだし、主演二人の目の色も印象的だし、なんていうのか、全体のトーンが落ちついてるのに深みがあって。
・これハッシュタグつけてないからここで所感まとめ。
・ディアンの異形を愛する感性があやうくて、ニコールキッドマンがふつくしくて、目の保養にしかならない。
あんなきれいなディアンが、死や禁忌や異形や、忌避すべきものばかりに惹かれるのは、彼女のこころも異形を飼っているからなんだろうなと。
・写真家と被写体、っていうテーマも非常によかった。撮られるほうは撮影者に自分をさらけ出し、撮影者はそのためにまず自分をさらけ出す。『善悪の彼岸』、「君が怪物をのぞきこむとき怪物もまた君をのぞきこむのだ」、そういう。写真家夫婦の「あなたの今日の秘密は?」「ではまず君から」は夫婦としてのコミュニケーション・戯れの他に、そういう写真家としての心得みたいな部分を感じました。
それはディアンが最後にヌーディスト村で「あなたの秘密を教えて?」ってひとりの女性に語りかけ、「わたしの?」「じゃあまずわたしからいうわね」というシーンにつながる。
秘密=自分自身をさらけ出す、という遣り取りは、ライオネルさんとディアンはずっと交互にやってたな、と思いました。ライオネルさんが長い毛を剃り落とすのを彼女に頼み、そうして自分をさらけ出したから、ディアンもああして彼に応じたのかなと。
・この映画R18指定でドラマの中のエロスの棚に入ってたんだけど…フリークスとか見世物小屋とかヌーディスト村がモザイクなしで出てくるからだよね!えろ描写たいしたことなかったもんね!
ベッドシーンに至るまでの背徳感が半端なかったです。見かけは異形のライオネルさんのびっくりするくらいの紳士っぷりと彼の孤独、ディアンの気丈さとあやうさのバランスと彼女の家庭の揺らぎ、そういうのが。あと二人の互いを見る目の優しさと愛おしげな感じがたまらず。
落ちついたトーンのストーリーなのに何だか逃げ出したくてたまらなかった…
・青
ライオネルさんが「一番好きな場所は海」といい、彼の部屋には水をたたえたプールがあり、寝室の壁紙は青く、ディアンの瞳は色を変える青で、すべてが最後の海へとつながる。
・ライオネルさんは彼が飼ってるうさぎみたいに毛に覆われてるので、目と仕草とことばで彼を察するしかないんですが、目だけでも雄弁で、仕草だけでも要所要所でああRDJだなぁと思いました。すごく雄弁。
ディアンのあおい瞳の目力も半端なかったなぁ。ニコールキッドマンふつくしす。
・RDJって、はきはきじゃなくてぼそぼそ系で、高らかに抑揚付けてってより抑え目に低めにしゃべってることが多いと思うんですが、言い淀まないですらすらしゃべるのでなんかこう…すごく、理性的?な感じがしてます。
前述のビビアンちゃんも、小首傾げたりお茶目な語尾の上げかたしたりするのに、マジキチの怖さを醸してるのはそこじゃなくて妙に理性的な喋り方だとおもふ。
金曜ロードショーのホームズでRDJを知ったので、吹替え声のイメージは藤/原/啓/治さんです。あの軽さとダメオッサン臭は安心する。なのにかっこつけようと思ったらしっかりキメられるあたりずるい。飄々とした愛嬌ずるい。
そのイメージ先行で来たんですが、DVD借りてRDJの声をきいてみると、ずっと「大人」でした。成熟した大人の男。
ずるい。
つまり、ライオネルさんはマイノリティで異形側だというのにあの安定感と安心感、あれは彼の理知から来てるのかななんて。
最後は悲しくも明るい。いい映画でした。
「トロピック・サンダー 史上最低の作戦」(2008年 米:8月13日/日:11月22日)
・見事なバカ映画でした!たのしい。しかし下ネタとかブラックユーモア満載や。
・ジャック・ブラックきいたことあるなと思ったらカンフーパンダのひとか。
・劇中劇です。例えば、劇中劇の軍人:オサイラス軍曹=その軍人を演じてる役者:カーク・ラザラス=RDJ。ややっこい笑
しかも、カークはオーストラリア出身の役者で、オサイラスは黒人の役で、っていう複雑さ。
いや白人が黒人役やらんでもええろ。とか、役作りで皮膚移植して黒人になるとかまさに意味不明のこだわり。だとか、ツッコミどころしかない感じがまたバカらしくておかしい。
軍曹のときはステレオタイプの「黒人をよく知らない白人が想像する黒人」として振る舞い、カーク時にはオーストラリア訛りの英語をしゃべったり、RDJが忙しい忙しい!しかも顔隠して現地人に化けてでたらめな現地語をしゃべったりもするから、おかしくってもう。
終盤、RDJがオサイラス軍曹という役を捨ててカーク・ラザラスに「戻る」ときは圧巻。コメンタリで他の役者にも「ここはすごい。あの役からこの人物に変わるんだぜ」「“おまえらには出来まい”といわんばかりだ」「馬鹿いえ、演技のレベルが違う」とまでいわれてたので、感嘆の思いしかない。ほんとに演技派だわ…RDJ…
メソッド俳優である自分自身をパロディにしてるカークという役の、役者としてのエゴイスティックな部分と繊細さが見物。
ところで役名確認しようとwikiみたらカークの人物紹介が「オスカーを5度も受賞している演技派のスーパー役者バカ」だったのでワラタ。
いわなくてもこの映画はみんなバカ笑
RDJだけこんな入れ子構造みたいな役ですが、他の役者陣はわりと早く劇中劇の役を捨ててるので、かなり気楽にみました。
劇中劇の軍人=落ち目のアクションスター:タグ・スピードマン=ベン・スティーラー、もかなり入れ子構造。
このスティラー氏が原案、脚本、監督、主演です。この人はかなり複雑っていうか、ただでさえあれこれこなしてる上に、タグ・スピードマンが劇中で知的障害のある「ジャック」を演じるので、めんどくさいどころの騒ぎじゃないんですが、わざとそれらを混線させてる感じが何だかおかしかったです。
メソッド役者であることをパロディしてるRDJのみならず、売れてる役者なのに劇中ではみんな落ち目だったりスキャンダル抱えてたり役者としての転換期で悩んでたりするので、そこもおもしろい。
そしておっどろいたのがトム・クルーズです。おまっ?トムクルーズ??え??ってなることうけあい。
だってハゲで中年太りで腕どぶっとくて金の亡者で冷血で横暴なスポンサー役なんですよ。おまい誰だ。
初見で気付きませんでした。エンドクレジットで名前が出て、は!?ってなった。
意味不明なダンスを踊るトム・クルーズだけでも観る価値あるんじゃないかってくらい笑える。
あと、映画が始まる前から番宣ってかたちで始まっていて、ウソ劇場予告がわんさとあるんですが、それがもうおかしくってしょうがない。
タグ・スピードマン主演のアクション大作。調子こいて6まで作って段々落ち目。とか笑
作り過ぎだろ!スピードでもダイハードでも流石に6までは作ってないわ!
カーク・ラザラス扮するオマリー神父がトビー・マクガイヤと僧侶の禁断の愛を描く「悪魔の小路」とか、笑う通り越して唖然としました。え、ちょ…よりによってトビー・マクガイヤ…役者陣のコメンタリで「スパイダーマンとアイアンマンの裏の顔だ!」「男に数珠をいじってもらったっていいだろ?」「撮影中にトビーとヤろうとしたが彼は新婚でその気がなかった笑」とかって笑ってたので、もうこれはどうしてそのキャスティングにしたし!GJ!としか!
脱線しますが僧侶の禁断の関係とかだったら「薔薇の名前」がオススメです。原作は記号学の大家、ウンベルト・エーコ。この作品は金字塔です。
映画はかなり前の記憶で印象がちらっとしか残ってないから、オススメする前にわたしも見直す必要があるけど。
いや「薔薇の名前」はあれです、実際に禁断の関係とかホモとかが主眼じゃないんです、ないんですけど、「悪魔の小路」みたいなテイストが耐えられるんだったらいけるんじゃないかなって。
オマリー神父を直視出来ませんでした。
みんなに軽んじられてるケヴィン・サンダスキーが作中で「サンダスキー」と名前を覚えてもらえずあれこれ変な名で呼ばれてるのも聞きこむとおかしい。しかしそのサンダスキーこそが最もまともかつ、演技のために軍の訓練キャンプに参加してたりして、実は有能でやる気もある。地図読めるし。そしてタグとカークの役者バカ過ぎて変に繊細っぷりを「あんたらメンタル脆弱過ぎない?」と呆れたり、実にいい性格してる笑 なんというか…作中随一の攻め様を探すならサンダスキーだね…
あとこの作品は戦争映画なのに基本的に死者出ないんですが、監督があぼんしたのは振り返ってみてもうおおと思う。あれ監督しんでるんだぜ。
特に最初と最後で爆薬をばんばんつかって林を焼きはらったりセットの村をふっ飛ばしたり橋を爆破したりするのが、バカらしいくらい大味でハリウッド的で、これがやりたかったんじゃ!という感じでした。たのしそうやね。
結構観てますね!感想が長い長い。
もうちょいこまめに来たいところ。こないだバットマンビギンズ、バットマンダークナイト、シャギードッグとまたいくつか観たので、その感想もそのうち。
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