愛は瞳から生まれ、胸に落つる。
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24巻感想を一言ずつ。
その日、新刊買ってから夕方の授業に行ったのです。
ゆうばりが貸してくれといったのですが、まだ通して一読してないからダメだと断って、でもあんまりかなと思って「じゃあわたしが授業で座ってるこの一時間半ならお好きにどうぞ」といって貸しました。
そうしたら、退屈な90分があら不思議、やつにとっては地獄の責苦に。
笑いたいのに笑えない、ならまだしも、ツッコミたいのにツッコめない(ツッコミ担当として地獄の責苦)。ふびん!(笑いながら)
やつが机にシャーペンで「なに?死んでいい?」とつづった断末魔が印象的でした。字が震えてた。桂のページだった、「その肉球でおれを」のページだった。それは手も震える。
90分後、「非常に疲れた…充実した時間なんだけど疲れた」といってたのも印象的でした。かわいそう!(哄笑をあげながら)
それは置いといてひとこと。
たいがいのことは本誌掲載時の感想にあるので。ひとことだけ。
「すごいイイ話なのに沖田のターンと桂裏声しか記憶に残ってないのはなんで?」
ゆうばりの心底からの疑問の声でした。わたしの声でもある。
でもまじめな話、きららさんのことばも、犬の叫びも、すごくじーんときた。
「自分のことを語った文は小さい」「くたばりやがれクソジジィ」、他にも!
・どんなかたちでも伝わるものはある
すべての「新八にかけろォォ」すばらしいコレすばらしい
「あきらめろよ頼むからあきらめてくれよォォ」
「あんな爛れた恋愛しかしたことないような男」
「基本お前らの生活を真正面から書けば女性の食いつきがいいはずがないさ!」(近藤さんらは食いつきいいはずですよねなのに何故もてないのか)
「銀さんという侍のもとで日夜ムラムラしています」←わかってるよわたしがしねばいいんだろ。
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「礼はいわねーからな」
手紙が届くころ集合する三人。
自然体=逃げ腰
ドエスコート「なんで普通に話してんの!?なんで恥ずかしくないの!?」「まぁでも俺が惚れろといえば誰にでも惚れますよ」「そんな偽りの愛はいらねェ!」
「新八にこんなアクロバットは無理だ」
「あれは皆さんから新八さんへの手紙だった」
「差出人は不明でいいんです」(といいきれるそのこころを大事にするといいと思う)
「やっと文通できたねきららさん」
・犬とジジィ
定春の件はまさに「ひとをくった話」。
ツッコミにまわる神楽ちゃん。くたばれヅラ愛ゆえに。
「わたしもここにしよ」
「ずっとそばにいたかったからに決まってるアル」「俺はおぬしを見くびっていたようだ」
ヅラを蹴ってくるくるってまわって着地した犬がやたらかわいかった。
逆上がりして神楽ちゃんの傘にしがみついてる犬もやたらかわいかった。「まさか役に立つとは」とかいってるあたりもかわいかった。
見れば見るほど犬のかわいさが増した。
「お前も異様だろ」「よしメンバーを分けよう」みんなから見捨てられる桂。これデフォルトですか。
スザンヌを間に(というか膝に)乗せてスクーターに乗ってる新八がえらくかわいく見えた。
「支えあう気持ちなんてこれっぽっちもねぇ。ただ相手より一日一時間一分一秒でも」
「くたばれっていってこいヨ」
「それでいいネお前たちは。それがお前たちネ」
Ωは酒の勢いなの?
「掟をひとつ設けてる」「相手より先に死なねーことさ」「ダチ公」
「恐怖の大王よりてめぇのダチ公になりたくなっちまったんだよ」これは大王になれたかもしれない可能性の死産でありながら、でもけして無意味にはみえないんだ。可能性の死産でありながらも、ここにひとつの別の可能性を見たんだ。大王になったらプチッと踏んで潰してたかもしれないしぼんだじーさんが、それでも可能性なんだ。その可能性の開花が、「くたばれクソジジイ」という言葉ですべて包括されてるんだ。偉くならなくてもすごくならなくても力が強くなんてならなくても、それらに掴めないものがそこにあるんだ。
つまり不覚にも感動したんですよ…
全体的にバランスのいい巻でした!
前半→新八銀さん真撰組
後半→神楽ちゃん桂
バランスよかった!両方ともすごくよかった!この話だいすき!
アニメになるでしょうか。なるならいつでしょうか。今から楽しみ。
サーティーンはどっかで感想いったおぼえがあるので今回は割愛です。
とりあえず窓から飛び降りる十三夜ちゃんの横顔のきれいさに息をのんで、それを見上げてる藤枝くんの顔があんまり優しくってどきっとしました。
次巻、だけじゃきっと足りないだろうな…吉原。
だって本誌でやっと佳境のとばぐちに立った感じ。
ああまずは月曜にコンビニに走る!
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